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バロン吉元の映画悪党伝

1976年5月上旬号より映画誌「キネマ旬報」に「ハリウッド悪党伝」・「ギンマク悪党伝」として連載され、のちに単行本化された『映画悪党伝』をご紹介します。

①リー・J・コッブの死

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  その日ハリウッド刑務所は静かだった。

  すべての動力が停止し、人影もなく、舎房内は空ろで、深閑としていた。それもそのはず、いま所内の講堂では、亡きリー・J・コップの葬儀がしめやかに行われていたのである。僧侶役の刑務所長ヘンリー・フォンダの「ゴニョ~ゴニョ~」ばかりのへんちくりんな読経のあと、リチャード・ブーンが故人の友人を代表して、デッカイ鼻を真ッ赤にしながら弔辞を述べはじめた。

「いい奴が亡くなった。このハリウッド刑務所で最も悪党の本領を発揮し、最も映画にひたむきだった天才肌の男が神に召された。われわれの本領とは、言うまでもなく、あらゆる悪の形態を銀幕に表現することであり、それによって絶対的権威を破壊し、タブーに挑戦し、強烈な印象を残して去ったキャラクターはほかに類をみない」

「ブーブー」「調子いいことを言うなーッ」「ひっこめデカ鼻野郎」末席の三下からヤジが飛ぶ。会場には刑務所内の全受刑者が参列し、その周りを看守たちがぐるりと取り巻いていた。ブーンは続けた。

「奴の眼と口はそれぞれ独立した生き物みてェにニヒルに動き、いつも主役を圧倒したものだ。映画史上に残る傑作と言われるものは、すべて悪の魅力でもっていると言っても過言ではない。マーロン・ブランドが『波止場』でアカデミー主演男優賞をとったのも、奴のおかげだ」

「なに言ってやがる!ふざけるなってんだ」と、ヤジを飛ばしたのは<変態的凶悪派>のカール・マルデンであった。

「奴は優れた役者だった。『十二人の怒れる男』では奴は遺憾なく執拗な個性を発揮して、偽善者的ここの刑務所長ヘンリー・フォンダに食いさがったもんだ。あの映画は、奴のキャラクターなしではあり得ない。奴はそれほどの年でもねェのに、早くから老け役が多かったのも灰汁(あく)の強いキャラクターに由来する」

「ええかげんにやめろ!」「ヘタな鉄砲も数撃ちゃ当たるっていうだろ!奴の演技はそのくちさ」「てめェのカンオケを用意してもらいたくなかったら、そのへんでひっこみな」

 ヤジッているのはどうやら<破滅的冷酷派>の若僧ウォーレン・ビーティとロバート・ウォーカー・ジュニアらしい。会場はだんだんざわめきたっていった。

 このハリウッド刑務所は、コウモリが羽を広げたようなドス黒い城塞の形をしており、その中に、各室セントラル冷暖房完備のデラックスな五棟の舎房と工場とがあり、講堂、体育館、図書館等の施設はもとより、遊技場、バー、サウナ風呂からなる娯楽センターや、週に一度のわりで性的渇望をいやすスウィート・ルームに至るまで、あらゆる面において受刑者たちが不自由なく快適に過ごせるように、文化的配慮がなされていた。ただひとつ、脱獄不可能という点を除いては。

 この刑務所に収容されている千人余りの囚徒たちは、すべて終身刑の判決を言い渡された者たちばかりで、それらが舎房ごとに五つの派閥を構成し、各々が主導権争奪の激しい対立関係にあった。しかし、彼らの目的とするところはひとつであった。映画に出演して悪を誇示することである。言うなれば呉越同舟といったところか……。 

 その五つの派閥とは、第一舎房のエドワード・G・ロビンソンを大ボスとする<侠骨的堅実派>、第二舎房のハンフリー・ボガートを大ボスとする<野性的革命派>、第三舎房のジョージ・ラフトを大ボスとする<破滅的冷酷派>、第四舎房のオースン・ウエルズを大ボスとする<知性的狂暴派>、第五舎房のジェイムズ・キャグニーを大ボスとする<変態的凶悪派>の以上五組のギャングである。

 いまそれらが一同に会しているのだ。これでひと悶着ないはずがない。騒ぎは、じりじりしながらしびれをきらしはじめた末席の三下たちの間から広がった。原因は葬儀の席次にあった。

エドワード・G・ロビンソンの野郎が最前列に居るのは、故人の親分であり、葬儀委員長だからしかたがねェとして…なんて、その次にオースン・ウエルズの怪物野郎が来なきゃならねェのか、そこんところがどうにも納得できねェ」

「きまってるじゃねェかよ。おまえっちの親分より格が上だからよ」

「笑わせんじゃねェよ。奴はハリウッドの便利屋で八方美人なだけじゃねェか。そんなケチな野郎が二番目にすわる資格はねェ。俺たち大親分ハンフリー・ボガートこそ二番目にすわるべきなんだ」

「馬鹿野郎、うちの大親分はボガートの出ッ歯野郎などとは貫禄が違わァ。月とスッポンよ。『市民ケーン』で世界をあっと言わせたのを知らねェのか?俺たちの大親分ほど国際的に大活躍しているスターはほかにはいねェぜ」 

「冗談じゃねェや!『市民ケーン』は何かの弾みでヒットしただけよ。げんにそれ一本きりじゃねェか。近ごろは日本のテレビCMなんかに出てよォ。“これは完璧”だとかなんとかぬかして、ウイスキーの宣伝屋になりさがる体たらくぶりだ。それが国際的に大活躍てェのなら、とんだお笑いぐさってもんだぜ」

「わかっちゃいねェなァ、てめェら!オースン・ウエルズもハンフリー・ボガートも、俺たちの大親分ジェイムズ・キャグニーとくらべりゃケタ違いよ。俺たちの大親分こそ、二番目にくるべきなんだ」

「三人とも黙りな。ジョージ・ラフトの大親分こそ二番目よ。なぜかって?『皆殺しのバラード』を見てねェのかよ?世界にゃ二人の大親分しかいねェからさ。その二人とは、もちろんジョージ・ラフトジャン・ギャバンよ」

  そんな時「だまれ!うるせェぞ、三下野郎!火葬場の釜ン中へたたきこまれてェのか」てな調子で、葬儀委員長のエドワード・G・ロビンソン大親分が、参列者にお礼がわりに一喝して、葬儀は告別式へと進行し、全葬者の焼香が始まったのである。

 そこでまた順番でもめて、ひと騒動。あげくには香をわざわざぶちまける奴や、祭壇に向かってツバを飛ばす奴、焼香台をハデにけっとばす奴、数珠を遺影に向かって投げつける奴、とてんやわんやの大騒ぎ。

 会場は殺気だち、銃をかまえて制止しようとする看守たちの威嚇もいっこうに効き目がない。そして棺の釘打ちの段になって、釘を打つ石の争奪が始まり、とうとうハリウッド名物のハデな殴り合いがおっぱじまってしまった。

 僧侶役の刑務所長ヘンリー・フォンダは祭壇の陰でつぶやいた。

「どんどんやれ、好きなだけ暴れろ。いがみあって悪の鋭気を養うがいい。おまえたちが悪の本領を発揮すれば発揮するほど、撮影所からお呼びがかかり、こっちのふところにはコミッションがたんまりはいるって寸法だ」

 そうとは知らず無邪気な囚徒たちは大暴れ、葬儀は大乱闘でめちゃくちゃになった。

 その時、どうしたことか、棺のふたがバッタリ開いて、中から死んだはずのリー・J・コップがむっくりと立ち上り、例のアンバランスな鋭い目ン玉をひんむいて、会場がぶっこわれるくらいの大声で恫喝した。

「やかましいやい!!てめェら。葬式をいったい、何だと思ってやがるんだ。これじゃァ満足に神のもとへ行けやしねェじゃねェか。コンチクショウ、六道銭などぶらさげやがって…だいたい、日本式のしちめんどくさい葬式などやるからこんなことになるんだ。俺ァもう死ぬのはやめたぜ」

 それで一同は納得、騒ぎはいっぺんに治まった。さすがはリー・J・コップ。せいぜいリバイバル作品でお目にかかるとしましょうや。